クレイジーなオールドメディア

最近、ヨシダナギという芸名のフォトグラファがTVに出演する事が増えているようだけれども、どうも違和感がある。この違和感は写真家タレントの戦場カメラマンに感じた以上の違和感なのだけれども、その違和感の源泉は何だろうかと考えてみたのだ。

ヨシダナギ氏が出演する番組を見る限り、ヨシダナギ氏本人に写真に対する想いがかなり薄いように感じる。原住民との触れ合いや現地での振舞いもどこかキャラを演じているように思える。では、そう思える理由はナンだろうか。

まず、やはり写真に興味が無いこと。本人も断言しているけれども、カメラに興味が無い。撮影やレタッチなどの写真技術にも興味が無い。しかし、ウメカヨも「Pでしか撮らない」というくらいにカメラの事は知らないのだが、作品からは写真好きは伝わってくるし、ウメカヨの作風ではシャッターチャンスこそ重要なのでPでもOKだ。思うに任せてバンバン撮影するにはウメカヨにはPで十分なのだ。でもヨシダナギ氏の写真は、原住民のカラフルなメイクや個性的な民族衣装を表現するという本来キチンとした技術が必要なタイプ。ただシャッターを押せば撮れる様には思えない。原住民との接触や撮影交渉、現地入りまでの交通手段の手配もあるし、撮影では機材の設置やロケーションの選択、人物の衣装やメイクもあるが、本人が関わっているようには思えない。ただ身ひとつで現地へ入り、すべてはスタッフがお膳立てしているように思える。実際、現地入りまでの長い道のりで本人は機材を一切持たず、カバンすら持っていない。しかし、いざ撮影になったら3脚を構えてシャッターを押す。シャッターを押しているだけだ。

そして話題の原住民と同じ格好作戦だが、仲良くなるも何も取材カメラが同行し、スタッフも多い中の交流。ビジネス原住民たちに対して同じ格好も何も無いだろう。なにより、原住民と同じ格好作成をしている姿が第3者によって撮影されている自体、おかしな話。最近、ニュースZEROなどで見かけるタレントキャスターがあるテーマで取材する時に、出来上がったVTRではタレントがインタビューをしている姿ばかりが映っていて「タレントキャスターが取材をしている姿を取材している」状態となっている、これと同じで、目的と手段が逆転しているのだ。

この件についてはイチイチ言及する必要も無いのかもしれないけれども、企画した者がいて、キャラを演じている人が居て、テレビがそれに乗っかる。オールドメディアらしい手法だけれども、世の中的にはまだまだ通用しているだな、という印象だ。しかし、せめて写真好きのタレントを起用して欲しいと思うのだった。


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# by oblivion2077 | 2018-08-10 11:16