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Nikon Df 実機に触れ

大手家電量販店でニコンDfに触れる事が出来た。写真で見るよりも実際の見た目は少し小さく感じたが、手に持ってみると見た目よりは大きい。なんだか複雑だね。

質感は思ったより残念ながら良くなかった。やはり銀塩メカカメラの質感をどこか期待するからだろう。NikonV1は実機に触れる事で一気にその質感とデザインを気に入ったが、今回はDfに対する印象を変える要素はなかった。

しかし、バッテリーが入っていないデモ機ではあるが、かなり軽く感じた。カタログ値でもD610よりも100gほど軽いようだ。これは今後のFX機に期待が持てる要素だと思う。この軽さで通常の電子ダイアルのモデルがあれば、D4と併用するサブ機になり得よう。

質感で言えば、意外であったのがα7で、今だデザインこそ気に入らないが外装の仕上げはキヤノン旧F-1のようで好感が持てた。ここはDfに勝っていて欲しい部分であった。

MFのAi-s風の50mmもなんちゃって感が強く、ボディと共にコレジャナイ感じ 。

V1路線のV3に期待するしかないかな。
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by oblivion2077 | 2013-11-30 15:04

艶の効果

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Nikon F Photomic BlackPaint
カッコいいとはこういうモノをいうのだ。

ペンタの前カバーに大きなFの文字が。しかし、この前カバーは厚みが薄いから押すと凹むんだよね。

Nikon Fのような平面で構成されたデザインに黒艶ペイントは似合う。平面に映り込んだ景色がボディをより一層美しく見せる。曲面だと映り込みがやかましくなって、かえって安っぽくなるものだ。擦れて艶の出てしまったF4が安っぽく見えるように。
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by oblivion2077 | 2013-11-28 17:08

オートニッコールを愉しむには

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α7がマウントアダプターを介した各社レンズのプラットフォームとして注目されている。たしかにフルサイズだし、EVFやフォーカスの補助機能もあって便利そうなんだけど、こちらのデザインも酷いもんなんだよね。基本的にシンプルな面で構成した飽きの来ないデザイン…と言いたいところだが、あれはカメラのデザインではないよね。

それぞれの分野でデザインの文化がある。たとえば車のデザインにしても異分野からの参入メーカーや新興メーカーによる車のデザインは、確かに車なんだけど、どこか違和感があったりする。あの違和感がα7にはある。オリンパスのEシリーズはダサかったけどちゃんとカメラのデザインではあった。家電メーカーのパナソニックのミラーレスは一眼をモチーフにしていたが、カメラのデザインとしては違和感があった。そして、SONYのカメラはミノルタから引き継いでいるけれど、徐々にミノルタ色が薄れてついには違和感を醸し出している。

機能としては他社に無い魅力的なものだ。それなら、マウントアダプターユーザー向けの機種を造ってみてはどうだろうか。α7の違和感あるデザインをやめ、ある意味デザインそのものをやめ、試作機のような箱とスイッチみたいな業務機器然としたものにしてしまえばよいのではないか。マウントアダプターを使う人はレンズがメインなので、ボディは機能があればいい。変にデザインされたものはレンズの風貌に合う合わないがある。大学の研究室にある検査機器のような、外装パネルは平面の鉄板で四隅をネジで止めてあるだけ、スイッチ類も汎用の物が操作性への最低限の配慮で無造作に設置されている。そんな無個性な無骨さがかえって好ましいのではないか。そう、NikonのF用モータードライブF36がそんな感じかな。電子機器なりの機能美が生じる可能性だってあるだろう。

機能美と言えば、昔は内部機構が全体のデザインを決めていた。内部のメカの配置で外観がある程度決まってしまう。それを基にデザインを行うので、デザイナーは最初に強力なモチーフを得ている。ライカもそうだし、PEN Fもそうだ。ローライ35のレンズ横にある絞りとシャッターダイアルの配置も必然からきている。今は、デザイン上の制約がないとは言わないが、自由度が高い。自由度が高い故にデザインに宿る必然性が薄い。

実験的な機種ならそういうデザインしないデザインもありだと思う。D600からAF、ストロボ、露出計すべて取り去って、トコトンコンパクトにしました!ファインダーはMF可能な出来栄えです!ってのをF36のような無骨デザインでMFニッコール用として発売したなら売れると思うけどね。

少なくとも1台は!
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by oblivion2077 | 2013-11-26 10:32

Nikon Dfによって知った事

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F2のようなデジカメがあれば・・・と考えていた。D40でオートニッコールをフルマニュアルで撮影するゆったりとした撮影は楽しいものであったので、同じくマニュアル撮影のF2なら優れたファインダーや、その質感、機能美溢れる外観で更に撮影が楽しいだろう、と。Dfの発表前はその夢の実現に期待したが、実際のニコンの回答はもっと現実的なものであった。

今月発売のカメラ雑誌にDfが採り上げられていて、Nikon FMやらF3、F2などと比較する記事もあった。Dfの各部にそれぞれの機種を彷彿とさせるパーツデザインが見受けられる、ということであったが、ボディ全体としては似て非なるもの、なのだ。

がっかりしたのは正直な気持であったが、F2をデジタルで、なんてのは所詮叶わぬ夢なのはわかっていた事だったはず。むしろDfによって現実を思い知らされた。このことによってF2デジタルへの夢、いや妄想から目が覚めたと思うのだ。

ではDfの何によって現実を知ることとなったのか。期待外れの外観や仕様の為か。それもあるかもしれないが、最も大きな理由は自分でも意外であった。それは実際にニコンが企業としてレトロなコンセプトのFXという本気の一眼レフカメラを発売する、という事実が無ければ知ることが出来なかったと思う。仮にF2デジタルが、自分の夢想通りの仕様で発売されたとして、それを購入し、今使っている、撮影しやすく改良されたDSLRを差し置いて持ち出すだろうか、と自問してみる。F2デジタルこそ実現しなかったが、同じコンセプトのものが発売されるので、その自問も少しは現実味が感じられる。

F2ではなく、F2デジタルを使うだろうか。想像してみると何だかF2デジタルを使っている自分がすごく滑稽に見える。F2デジタルはもはやF2ではない。以前に夢想した時は魅力的なものに感じたがDfが現れた今では、F2デジタルはネジくれた精神が捻り出した存在に思える。自分が何を本当に欲しているのかを自問してみると、気持ちよく撮影できることであり、実はD4でそれは実現している。その重量は気に入らないが大きさは身体の大きな自分としてはむしろ必要な大きさ。ファインダーや操作性、レスポンスも十分でストレスがない。質感もF2に劣らない。電子カメラとしての必然が創ったデザインも気に入っている。

F2をデジタル化するよりも、すでに存在しているD4で十分だった。なんて遠回りなことよ。F2は空シャッターを切る。それで十分だったのだ。


・・・・後日談。F2デジタルは、その本気度によっては有だと思う。むしろ、本気でなければ存在してはならないくらいに。中途半端なDfの延長のF2デジタルなら要らない。

D4は重さを除いて快適な撮影を保証してくれるが、シックでフォーマルなカメラが使いたい時がある。そんな時はライカM9Pが良いのだろうがそこは国産ニコンが良い。本物F2デジタルを望む。
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by oblivion2077 | 2013-11-25 00:37

Nikon F5の操作性

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F4以前のアナログ的なダイアル操作系を廃し、EOS系の電子ダイアルを採用したF5。シャッターボタンを中心にリング状にある電源スイッチ、モード切替ボタン、露出補正ボタン、AF-ONボタン、絞りを決定するメイン電子ダイアル、シャッタースピードを決めるサブ電子ダイアル、十字キー・・・。最新のD4まで踏襲された配置となっている。現在では電源スイッチのロックボタンは廃止され、迅速なON-OFFが出来るようになったし、サブ電子ダイアルの設置方法も回転しやすいようにダイアルの突出部分が広く取るよう形状が変更されている。縦位置にもメイン、サブの電子ダイアルが追加されたりなど、細かい改良はあるが、現代のニコン操作系がF5で決定されたといえる。

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F301からF90まで、新時代の電子カメラ操作系を模索し迷走していたニコンのUIが、F5でようやく決定した。一方で、F4の従来型のアナログ的なシャッタースピードダイアルによる操作系は電子カメラとしては完全に否定されたのだった。
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by oblivion2077 | 2013-11-24 21:36

Nikon F5 最後のプロ用銀塩カメラ

3台目のF5となる。

初めてNikon F2を購入したのは新宿のマップカメラだったが、そこで見たNikon F5の中古が8万円くらいであったのを覚えている。当時、”あのF5”が激安だと驚いたのだ。まだ、広くデジタルSLRが普及しておらず、フィルム一眼レフはまだなんとか現役の時代だったけれども、価格はかなり下がっていたのだ。

それから数年経ち、更に価格の下がったF5を購入した。当時の相場よりかなり安い物を買ったが、安い価格にはそれなりに理由があって外観はかなりヤレていたのだ。初めて購入したNikon F2も衝動買いできる価格の為やっぱりかなり傷んでいたが、それでもフラッグシップ機としての造りの良さに感動した。しかし、外装の傷んだF5にはそんな感動はわく事が無かった。そんなことだからしばらくして売り払ったのだ。そこから数年して、ヤフオクで再度購入。安く買えたが品を実際に見てみるとこれも傷んでいる。前ほどではないが、やはり感情移入できない。萌えないのだ。フラッグシップの威厳が感じられない為、こちらもすぐに売ってしまう。

2台目を売却して間もなく出会った個体がこれ。
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いつか程度の良い個体に出会えるだろうと楽観してはいたが、運命だろうか、売却から間もなく見つかった。キレイな外装が発売当時の威厳を保っていた為か、このF5をすっかり気に入ってしまった。マグネシウム合金ボディの塗装が痛むと、グレーの錆が現れて汚い。チタンの塗装が剥げても美しくない。F5はプロ機だけれども、汚く傷んだものには美しさが宿らない。これはマグネシウムボディのDSLRも同じだろう。ミント状態の3台目F5はカッコイイ。

F5はF4の保守的なコンセプトによりEOS-1に溝をあけられたことを教訓として満を持して発売されただけあって、最強の銀塩電子カメラとなった。ファインダーのキレとシャッターフィーリングはまさしくプロ機を名乗るにふさわしい。F4までとは異なり、縦グリップ一体型となって大柄に思われているが、実際はF4Sと変わらない。F4Eよりも小さいのだ。ましてやNikon D4よりも小さい。F5のサイズでFX機が出来れば欲しくなるくらいにコンパクトに見えるのだ。高度なメカがぎっしり詰まっている、そんな感じが持つ手にひしひしと伝わる。

F5はF4以前と異なり、現代デジタル一眼レフと同系統のデザインなので、コレクション的に敢えて購入する必要はない、と思っていた。古いDSLRを購入しないのと同じでF5も購入は必要ないと思っていた。D4を所有しているので、余計に「基本的に同種と言える電子カメラだから購入に意味は無い」と思っていたが、じっくり触り、よくよく見るとF5があったから現代のD4があるのだ、と実感できる。
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デジタルとなって更に肥大化した電子一眼レフ。それに対しては意外とコンパクトなF5。フィルム撮影するなら、絶対にF5を使いたい。
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by oblivion2077 | 2013-11-24 01:29

28mm F3.5の最終形 Ai nikkor28mm f3.5S

ついにAi Nikkor 28mm F3.5Sを入手した。28mm F3.5との付き合いはAuto Nikkor H 28mm F3.5を購入した時からで、オートニッコールの28mmは何本か購入しては手放した。現在残っているのはAi改の後期タイプのものだけとなった。オートニッコールの28mm F3.5は評判が良く、名レンズと言われているが、全くその通りのカリカリ描写を約束してくれる。最短撮影距離が長いのが残念なところで、そこがネックであまり持ち出さないようになったのだ。Ai Nikkor 28mm F2.8Sなど購入してしまっては、最短20cmの面白さに敵わないのだった。

市場にあふれるオートニッコール 28mm F3.5はおおよそ5千円くらいで購入できる。Ai連動環の無い中級機以下の機種にオートニッコールは物理的な干渉無く装着できるので持っていないなら是非おすすめだ。露出はテスト撮影で背面液晶で確認でき、ピントはF8 3mでパンフォーカスだから操作も楽ちん。

Ai Nikkor 28mm F3.5Sは伝統の28mm F3.5の最後の単焦点で、時代はズームレンズ全盛。あまり製造が伸びることなく終了となったため、中古市場でもタマ数は少な目だ。だからといってプレミアが付くこともなく、1万円くらいで取引されている。欲しいとは思っていたが、入手を焦ってはいなかったので、よい出物があるのを待って頭の隅に引っ掛けていたら妥協可能なほどの程度の良いものが出たので8年越しくらいでやっと購入できた。そのレンズが、これ。
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前玉の大きかったオートニッコールとは異なり、スマートで現代的な姿となった。こういう欲張らないスペックのレンズは使い方によっては軽くて便利に使える。もう少しコンパクトなら、なお良いのだが・・。これは同種の地味レンズのAi nikkor 35m F2.8Sにも言える。
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by oblivion2077 | 2013-11-24 01:04

NIKKOR-Q Auto 1:3.5 f=135mm Nippon Kougaku Japan

突然だが、135mm F3.5が好きなのだ。初のAuto Nikkorは135mm F3.5であった。購入してすぐにD40に装着して撮影する。モノコートのオールドレンズなので甘い描写かと思いきや、シャープでクリアな結果に驚いた記憶がある。F値暗いは7難隠す、というが、それにしても関心する写りだったのだ。
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描写もさることながら、この造形。オートニッコールらしい佇まいで、金属ローレットの美しいラインやシルバーの鏡胴、幅広の絞りリングなど、シビレるデザインなのだ。フィートとメートルの距離指標もエングレーブの墨入れ文字で、今も美しさを保っている。これを現代に蘇らせるにはカナリのコストを強いられるだろうが、中古で数千円で販売されている。愛好家の私には嬉しい悩みであるが、市場で評価されていないことは残念なこと。もう、5本(Ai以降を入れると7本か)くらい所有しているが、安くて外観の良い物が現れるとつい買ってしまう。

実際の撮影はAi Nikkor 135mm F3.5かF3.5Sを使用しているが、デジタルで使用すると逆光に弱い。フレアでコントラストが低下するのだ。レンズの後ろから覗いて見ると、内部で強く光を反射する部位があって、それが鏡胴内で乱反射しているようだ。しかし、少し加工してやるとかなり改善する。こちらはAi ZoonNikkor 35-70F3.5のレンズ後部にあるハレキリの板のような抜本的な対策を行うつもり。逆光さえ克服すれば、コンパクトで高画質なレンズとなるだろう。
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by oblivion2077 | 2013-11-24 00:44

Nikon Dfのコンセプト

Nikon Dfについて、ネガティブな意見を書き込みする人の中に、D600のメカにD4センサーを積んでガワだけレトロに変更しただけのキメラ、というものがあるが、それは仕様としてその通りなんだが、表現が辛辣なだけで、ではそれがDfのコンセプトに照らしてどうなのか、と言えば、アリものの流用が問題になるはずもない。

本流のDシリーズのような先進技術を投入しつつ、価格帯別にラインナップしているカメラではなく、フィルム時代のようなスローライフの撮影スタイルを模索したパッケージングの支流にあたるカメラなので、DシリーズのFXカメララインナップ30万円価格帯の位置を占める内容を備える必要は全くないのだ。

キメラ説をいう人の中にはこんな意見を言う人もいる。「銀塩時代のダイアル操作をメインとした操作系は、デジタルカメラの操作としての合理性は無い。」はい。その通りです。シャッターダイアルが1段刻みであの軍艦部右肩にあるのはバルナックライカのメカがそうなっていたからです。電子カメラでダイアル操作が有効なのはキヤノンT90より始まった電子ダイアルで、液晶表示をダイアルで切り替えることが合理的であった。メカ時代の物理的制約から解放されているデジタルカメラにおいて、メカ時代と同じシャッターダイアルに合理性は無い。

しかし、この意見も結局Dfのコンセプトを無視した意見であって、やはりDシリーズのラインナップ上として捉えるから的外れな意見となっている。こういった意見を熱く語る人々が一定数いるので、まさにノイジーマイノリティとして理不尽に浸透し、間違った市場判断をニコンがしなければいいと危惧する。

Dfに対するまっとうな批判を行うならば、どんなものだろう。ティザー広告で未だ見ぬDfにたくさんの人が期待したように、そのコンセプト自体は問題ないはずだから、そのコンセプトに照らしてどうなのか、ということに尽きると思う。

写真は記録目的であったり、商業目的であったり、一方で芸術性を持ったりする。特に趣味で写真を撮る人は、恥ずかしながらでも一応作品とか芸術とかを意識して撮る事が多い。そうなれば、写真撮影時に、カメラの道具として以上の物としての存在感や佇まいが撮影者の感性に何らかを訴えかけるのではないか、という認識があって、それ故、銀塩時代にも一時期クラシックカメラブームが起きたのだ。

クラシックカメラは、カメラが高級品であった時代の物で、その質感は感性に強く訴えるものが多かった。金属削り出しのダイアル、エングレーブされた緻密な文字に色分けされた墨入れ。美しいクロームメッキもあれば、使い込まれて角に地金の金色を覗かせるブラックペイントなどなど。。。
銀塩時代には、高度に電子化されて家電化されたカメラに飽きたり疲れた時、同じフィルムを使うクラシックカメラに逃避することが出来た。先進を競う電子カメラを造るメーカーにクラシカルなメカカメラの発売を熱望する必要もなく、市場に溢れる中古カメラを買えばよかった。

しかし、現代。デジタル化された現代において、デジタルカメラの中古に逃げ込むことはできない。デジタルカメラの中古は最新のデジタルカメラに対して、劣るだけのものでしかないからだ。かといって、既に市場を失ったフィルムのインフラは崩壊状態で、フィルム価格は上昇し、ラボは減少し、フィルムの種類も減ってしまった。デジタルの便利さも知っている。もうクラカメにも戻れないのだ。

ブームが去って暴落したクラカメを大人買いして、「これがデジタルで撮影出来たらなあ」とつぶやきながら空シャッターを切る毎日を送ることしかできないのだ。

そんな中で発売までこぎつけたDfであるから、それはそれは期待が大きかった。ニコンとキヤノンの2大カメラメーカーに市場を席巻された弱小カメラメーカー(事業部)が、ニッチ市場を狙ってレトロカメラを出すのとは違って、ニコンならば本気なはずだ、と思ったのだ。ライカM9に匹敵する、デジタルでありながら感性に響くカメラを発売してくれることだろう、と期待したのだ。

断っておくが、Nikon Dfの発売は現代の奇跡だと認める。開発した人々は頑張ったと思う。葛藤もあったと思う。その苦労は並々ならぬものだったろう。

しかし、Dfは「コレジャナイ」
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by oblivion2077 | 2013-11-21 10:06

Nikon Dfの哀しみ

ティザー広告のじらし作戦で話題をさらい、否応なく期待値が高まったところでNikon Dfが発表された。発表されたその姿、その機能に期待通りだった人、期待を裏切られた人、悲喜こもごもな沢山の反応が見られた。

多くの意見が交わされている中で、機能を削いでもっとコンパクトに、という意見と価格に対して機能が物足りないという意見の二つが多く見られたが、私はどちらかというと前者の意見。というのも、D40を使ってオートニッコールをフルマニュアルで愉しんだ事があって、そのD40のファインダーさえピントの山が掴みやすければ十分に最小限の機能で写真を堪能できることを体験済みだったからだ。

ティザー広告の映像にあったような、いち場面をじっくり撮るような条件ならば・・・
・まず絞りを決め
・撮影したい風景の光の状態から想像した適正露出を考えながら
・シャッタースピードを仮に設定
・構図を決めてテスト撮影
・背面液晶で露出を確認
・思ったような露出出なかった場合はシャッタースピードを変更
・再度テスト撮影

露出が決まれば、光線状態が変わらない限りは構図を変えても同じ絞りとシャッタースピードで撮影
 ※これでAEよりも反射率を考慮しなくてもよいので正確な露出が得られる

D40でのフルマニュアル撮影はこの方法で問題なかった。D40でオートニッコールを使ったフルマニュアル撮影上の悩みはフォーカスのみであった。
D40はペンタダハミラーで倍率が低く、AFを前提とした明るさ優先の透過度高いスクリーンで、ピントの山はこの上なくつかみにくい。フォーカスが合うにつれて像がハッキリしてくるのだが、ハッキリ見える範囲が広く、その広い範囲の真ん中が正解なのだろうが、それが難しい。検証の為にマグニファイアで拡大してピントを探ってみても正確なフォーカスは無理であったのだ。
※3脚固定で何度もテストした上で物理的に精度無しと判断。フォーカスエイドの方が当てになる。

そういった体験から、D40を使っていた当時におおよそこんな意見を書いたことがあった。

D40の中身は意外にスカスカで、そんなスカスカな中でも多くの場所を占めているのは内蔵ストロボの大型コンデンサーとバッテリーであった。
だから、内臓ストロボを外せば大幅にコンパクトになる。D40の銘板のある方にコンデンサーがあるので、そのスペースはまるまる使えるし、ペンタもストロボを起こした状態で見えるダハミラーの外形がそのままペンタのサイズになる。
この余裕に加え、バッテリーの位置を工夫すれば(F501のようなカメラ底部に納めるとか)、グリップ内にバッテリーを納める制約からも解放され、ボディ形状のデザイン自由度はさらに向上する。
これをニコンのMFカメラの外観に入れてファインダーを改善してくれれば楽しいカメラになのるのではないか。

そんな期待を持ったものだった。開発せずとも既にあるもののパッケージを変えるだけで、取り逃していた需要の層を取り込めるのではないだろうか。

しかし、そのようなニッチなカメラは大企業からは発売される可能性は低い。ライカのような中小企業からは市場の隙間を狙う必要性からM8以降のデジタルライカが高額な価格で販売されているが、マスを相手にしているニコンにはその後を追う必要はない。必要のない立場でアンティークな雰囲気のカメラを出すならば、Dfのような誰に向けて作られたのか、よくわからないカメラになってしまうのだろう。仮に企画立案時に情熱があったとしても、各部署、各役員を会議で納得させるたび毎に八方美人になっていく過程が目に見えるようだ。

こんな状態をみると、米谷さんを思い出す。

PENやOM1を開発する時に「世の中にない物を出す。同じものを出す事は資源の無駄」と考えてものづくりを行ったという。「PENにはこの機能がない、OM1にはあれがない。そんな時は他社のアレを買ってください。あれやこれがついたものは既にありますから。」と。そういう割り切りがあった。その代わりにPENやOM1には他社に代えがたい物を持っていた。その為大ヒットしたのだった。

個性の強い開発者の思いがそのまま製品に成り得た最後の時代だったのかもしれないが、米谷さんが生きていたならDfを見て「資源の無駄」というだろうか。

Nikon Dfデザイン、サイズ、機能。どれを取っても中途半端。デザインはFEやFM系。それでいて価格は30万となれば普及クラスのカメラデザインに30万は高額すぎる。サイズはD600や同センサーのD4に対しては検討しているがライカに比較して明らかに大柄。それは機能を欲張りすぎたせいもあるが、その機能も30万のカメラにしては物足りない。機能が物足りなく感じるのは「機能はこれで十分だ」という思想が感じられないからだ。そこがライカとの決定的な差だろう。

結果、誰に向けられたカメラなのか不明な中途半端なカメラとなった。

個人的にはDfで最も気に入らないのは、正面から見た時のエプロン部にある2つのネジ。そう、マウントの上にある2つのプラスネジ。あの位置にネジを堂々と置くセンスがわからない。百歩譲ってもプラスネジは無いだろう。30万のカメラでデザインに重きを置くならば、ネジの一つくらいマイナスネジで起こすべきだろう。2つくらいのネジならば手締めでも問題ないはずだ。

このネジがDfのすべてを物語っているように思えてならない。

D5300クラスのメカにペンタプリズムを載せ、Nikon Fのデザインを再現してFマークのペンタと光学マークの真鍮ブラックペイントのカバーで発売されれば、何を目指したかは明確であり、ハッキリとそのコンセプトに乗る、乗らないの態度もユーザーは決められよう。酷評とともに絶賛されるであろう。Dfはそのどちらでもない。Dfには存在価値という部分で哀愁が漂う。


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距離指標の無いAFレンズが一般的な現代において、MFレンズで当然の使い方として、距離指標にある深度メモリを利用した方法は忘れられてきている。この事も割り切った機能に絞る事をメーカーに躊躇させるのかもしれない。

たとえばAi Nikkor 28mm F3.5Sでは、絞りをF8にして深度メモリの無限遠を入れた範囲にフォーカスリングをセットする。ピント位置は3mくらいだろうか。こうすることで被写界深度はおおよそ1.5mから無限遠までシャープに写る。AFよりも確実なのだ。

上記のMEと組み合わせると、スナップも快適となる。そういう使い方が許容できる人が喜ぶカメラは・・・・発売されないだろうなあ。
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by oblivion2077 | 2013-11-17 22:58