Nikon F3の立ち位置

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Nikon Dfの噂が囁かれる中、様々な情報の中でそのDfのデザインはF3のようである、というものもあって、意外にもF3のデザインが望ましいという反応が多かった。確かにF3が現役であった頃、F3は憧れであり雲の上の存在であった。デザインも当時の現役カメラの中で群を抜いて優れたデザインであったし、カッコ良かった。ライバルとされたCanon NewF-1は旧F-1に対してNikonに張り合える品質を得たことを伺える緻密さをたたえたデザインだったが、F3はその一歩先を行っていた。当時F3を所有している人は、頭が良いだけでなくセンスも良い、そんな妄想も成り立っていた。しかし、現代においてDfがF3のデザインである必然性を感じない。

DfのデザインがF3であったなら、FM系のデザインである事よりも残念であると感じたと思う。それはなぜか。F、F2、F3、F4、F5、F6の中に於いてFやF2はクラカメであり、F5、F6はデジタル時代と同系統のデザインで、F3、F4はセミクラシックなのだが、クラシックと呼ぶにはまだ熟成されていない。リアルに「古い」のだ。

その感覚は街で見かけた時に受ける印象も同じで、FやF2を使っている人が居れば、それは古いカメラでフィルムを使ってその感触を楽しんでいるのだろう、と思う。F5やF6ならフィルムで撮りたいという強い意志が感じられる。ではF3やF4はどうか。本当はD3やD4を使いたいが40~50万は出せない。昔頑張って買ったF3やF4をD3やD4の代わりに、しかし、腐ってもフラッグシップと自分に言い聞かせて使っている、そんな悲壮感を感じていしまう。実際は、DSLRも手が届く価格になって一般化しているのでF3でもF4でも、これを使う人は恐らくフィルムに拘りがあって使っているのだろうが、やはり熟成されていないのだろう、まだ経過した時間が足りない。古さが中途半端なのだ。

そんな印象のF3なのでこれがDfのデザインベースとなっていたら、「まだ早い」と思っただろう。やはり、望むならFかF2のデザインが「評価が固まった」デザインだと思うのだ。
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そんな感想を持つ私だが、F3は大好きだ。実際、5台のF3を所有している。ロングセラーで数が豊富、程度も様々なF3の中古価格は1万円から5万円くらいの間で購入できる。F3TやF3Pは5年前なら10万円くらいだったが今ではいよいよ4~5万に落ちている。普通のF3なら2万くらいが相場なのだ。だから、形から入るカメラ女子や銀塩カメラを知らない若者は気軽にF3を所有している。畏怖の念をもって所有すべきF3をNikomatと区別つかない認識で所有している様は、何か大切なものが踏み躙られているような感覚に陥る。そんな感覚を覚えるのだ。

でも、カメラ女子も銀塩時代を知らない若者も、決してF3を蹂躙しているわけではなく、むしろその存在(F3)に新しい意味を与えているのだけれどもね。

ジャンクかごから2000円でF3アイレベルボディを見つけ、シャッター異常とあるが緊急作動シャッターが切れたので購入。帰って電池を入れて動かすと、完動。2000円であってもF3の価値はゆるぎない。
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by oblivion2077 | 2014-02-10 00:40
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